文章ぢからを奪われる
2026 - 4 - 11
満たして満たして満たして注ぐ。
転職してもうすぐ1年
割と楽しくやっている。
書店のオニイチャンになったため役得も多い。
以前服代に消えていた以上の金額が書籍で消えている気もしますが前々からの書籍代に合流しただけの気もするのでまあいいでしょう。
読書量
元々は読書量にムラのあるタイプなのだが趣味を兼ねているとしてもひと月に読む冊数の底が上がった。
気が乗らず読まない月でも3~5冊は読んでいるかもしれない。
ホラー小説は他の積読や読んでいる途中の本に割り込んで読む&好きなタイプのホラー小説の刊行ペースが増しているのもあるかもしれない。
ただ、古い本を読むタイミングが損なわれつつある。
気付くとInstagram係になっている
勤務先のInstagram係になりつつある。
前任者がいなくなったので書籍関係の記事を書いているのは俺一人になってしまった。
となると出たばかり~出て1ヶ月以内の書籍について書くことが望ましいので新しい本ばかり読んでいる。
流石に買っていない本を斜め読みして書くこともあるが8割は自分でも買った本だ。
「俺にとってもおもしれーだろうな」という本を(自分の買う分も含め)発注して買って書いているので別にまあ…という感じだが文章ぢからをこの"仕事のInstagram"に奪われている。
文章ぢから
単なる文章力ではない。というか俺には別に文章力はない。
ただ、読書をして文章を詰め込んで詰め込んで詰め込んで満たして満たして満たすと"出したくなる時"がある。
この"ものを書きたいという気力"を便宜上"文章ぢから"とする。
文章ぢからはできれば同人小説などに回したい。次点がこういうお日記。
ただ、その文章ぢからをInstagram更新で消費させられている。
いやではない
別にその業務がいやというわけではないのがまた面倒くさいところだ。
「俺の他に書くやつおらんがか~しゃ~ね~な~」みたいな感じで必要とされている感を感じられると嬉しくなってしまう。
文章が下りてこないときはもう全然書けないので逃避に紙袋を量産するなどもするが。
(今年に入ってマチ付きの紙袋の作り方を教えてもらい自力で作れるようになった 進歩)
でもまあ、やっぱり趣味に使いたい思考リソースを奪われている感じが否めない。
『日記の練習』
Instagram記事の関係でくどうれいん氏の『日記の練習』に触れ、ちらっと見るだけのつもりがなんか普通に良かったので買ってしまった。
書いているからどんどんおもしろいことが増えるというのはだいぶ違うが夢日記を書いているからこそ夢を覚えていられるようになるみたいな話だな。
日記を書くことは継続力の修行ではない。日記を書こうとするあなたのことを、そのずっと先のあなた自身が一文でも見返すことができればそれでいい。余白が多い日記帳のまま死んでも、そういう人間でした、へへへ。と愉快に思えばいいだけの話なのだ。
そうだな、と思って久々に書いた。
このお日記もそういうお日記だ。
それはそれとしてオンライン上というかブラウザ上で更新まで完結できるような形に移行したさはある。
でも.mdをフォルダにぶち込んでるだけで管理できるのやっぱ楽なんだよなあ…。